澳門 世界遺産
                                                         マカオ世界遺産MAP
モンテの砦 Mount Fortress
1617年から1626年にかけてイエズス会の協力により建設されたこの砦は、マカオで最強の防衛施設であった。砦には大砲、軍部宿舎、井戸のほか2年間の包囲攻撃に耐えうるだけの兵器を造る工場や備えもあった。砦は台形をしており、その面積は1万平方メートルに及ぶ。また、それぞれ4つの角は防衛能力を高めるため突き出す形に設計された。

地図番号:1




聖ドミニコ教会 St.Dominic's Church
メキシコのアカプルコからやってきた3人のスペイン人ドミニコ会の修道士によって1587年に創設された。この教会にはバラの聖母が祀られている。1822年9月12日に中国領土内で初めてポルトガル語の新聞「蜜蜂華報」が発行されたのもこの教会である。かつて建物の裏手にあった鐘楼は聖ドミニコ教会博物館に改築され、現在300点もの展示品が収蔵・展示されている。

地図番号:2



媽閣廟 A-Ma Temple
海の守護神である女神「阿媽(アマァ)」が祀られているマカオ最古の寺院。正面、中国式鳥居、正殿、正覚禅林殿、弘仁殿そして観音閣から構成されている。一つの建物の中に異なる髪を祀っていることから、媽閣廟は儒教、道教、仏教、多様な民間信仰によって支えられた中国文化の代表例とされている。中国語で「マァコウミュウ」と呼ばれていることから、マカオの地名発祥の地とも言われている。境内の中庭に置かれた中国帆船の絵は、嵐の中、中国から阿媽を乗せてたどり着いた伝えられているジャンク船。

地図番号:3




ギア要塞 Guia Fortress
ギア要塞は1622年から1638年にかけて建設された。砦の中のギア教会は聖クレア修道院を建設する前に、ギアの丘に居住していたクラリスト修道女によって建設された。教会内部の見事なフレスコ画は、宗教や神話をテーマに西洋だけでなく東洋の画風でも描かれており、マカオの多文化的特徴である東西文化の融合が見て取れる。1865年に要塞の中に建てられたギア灯台は中国沿岸で最初の近代的な灯台である。教会、灯台と同様ギア要塞はマカオの海事、軍事、宗教的な歴史的象徴である。

地図番号:4



聖ポール天主堂跡 Ruins of St.Paul's
聖ポール天主堂跡は教会の前面だけが残るファサードとその隣に建てられた聖ポール大学跡の総称。1602年から1640年に聖母教会が建設されたが、1835年に火事で消失し現在のファサードのみの姿となった。当時の聖母教会、聖ポール大学、モンテの砦もすべてイエズス会による建造物であり、マカオの「アクロポリス」のような存在であったと考えられる。聖ポール大学は東洋で初めての西洋式大学であり、高等教育を施していた。現在、聖ポール天主堂跡のファサードはマカオの象徴する街の祭壇の様な存在となっている。

地図番号:5




セナド広場  Senado Square
セナド広場は何世紀にもわたって、マカオの街の中心であり、現在もイベントや祝典の開催場所として人気の高い広場である。民政総署が目の前にあり、關帝廟もすぐそばという立地は地元の中国人社会が積極的に市の行政問題に関与していることを物語っており、マカオ文化の多様性を象徴している。周囲はパステルカラーの新古典様式の建物が建ち並ぶ。

地図番号:6




カーサ庭園  Casa Garden
1770年に建設され、当初はポルトガルの裕福な商人マヌエル・ペレイラの邸宅であった。その後、英国東インド会社が借り上げ、現在は東方基金會の事務所となっている。

地図番号:7





大堂(カテドラル)  Cathedral
セナド広場近くにある壮厳な教会。正確な建築年数の記録は残っていないが、堅固な煉瓦造りになったのは1622年のことであり、1743年にも改修された。1937年に再建され、重厚な石造りとなった。内部から見るステンドグラスが美しい。ファサードは柱と突出した2つの鐘楼が特徴である。外部は上海の漆喰で覆われ、建物に統制のとれた、落ち着いた印象を与えている。

地図番号:8











ドン・ペドロ5世劇場  Dom Pedro V Theatre
1860年に東洋では最も古い男性社交クラブ「マカオ・クラブ」により中国発の西洋式劇場として建設された。座席数は300、マカニーズ社会の文化の象徴として建設以来強い意味合いを持ち続ける。公共催事や祝賀会の会場として現在も利用されている。

地図番号:9





仁慈堂  Holy House of Mercy
1569年にマカオの初代司教によってアジアで最初の慈善福祉活動の施設として、ポルトガルで最も著名で歴史ある慈善団体の建物をモデルにして建立された。仁慈堂はマカオにおける最初の西洋式病院や今でも運営されている慈善福祉施設の創設に関与した。建物は新古典式であるが、マヌエル様式の影響も受けている。

地図番号:10












民政総署  Leal Senado Building
1784年に建設され、今なお使用されているマカオで最初に建設された地方自治局の建物。「レアル・セナド」と呼ばれるこの建物名の由来は1654年にポルトガル王ドン・ジョン4世によって褒め称えられた「神の名の街マカオ。他に忠誠なるものなき」という言葉である。建物の装飾は新古典様式で、壁、レイアウト、裏庭にいたるまで当時の様式から変わっていない。建物の2階部分には議事室があり、それに向かって反対側にはポルトガルのマフラ宮殿の図書室を模した重厚な図書室と小さな礼拝堂がある。

地図番号:11



盧家屋敷  Lou Kau Mansion
1889年に建てられたこの邸宅は、市内にいくつもの大きな建物を所有していた中国の著名な承認盧氏の屋敷。この伝統的な中国式家屋のあるセナド広場や大堂広場周辺は当時の「クリスチャン・シティー」の中心部であり、マカオの多様な社会構造を現している。盧家屋敷は典型的な清朝時代の中国式住居で、中庭のある2階建ての灰色煉瓦造りの邸宅である。

地図番号:12



鄭家屋敷  Mndarin's House
1881年に建設された鄭家屋敷は中国の文豪、鄭觀應の邸宅だった。家は中国の伝統的な中庭のある長屋でありながら、弓形の装飾に対して、灰色の煉瓦を使ったり、インド式の真珠貝の窓枠に対して中国式の格子づくりの窓枠を取り付けるなど、中国と西洋の装飾が取り入れられた造りになっている。

地図番号:13




港務局  Moorish Barracks
1874年にマカオの警察部隊を補強するためにゴアから派遣されたインド人部隊の宿舎として建設された。建物はイスラムの影響を受けた建築要素を併せ持つ新古典洋式建築。現在はマカオ港務局として使用されている。

地図番号:14





聖ヨセフ修道院および聖堂  St.joseph's Seminary and Church
1728年に建立。当時、旧修道院と聖ポール天主堂脇の聖ポール大学は中国、日本及び周辺地域における布教活動の拠点であった。1800年にはポルトガルの女王であるドナ・マリア1世が「伝道信徒団の館」という王家の称号を授けた。修道院に隣接して1758年に建てられた聖堂は、ユネスコ2001年発行の「バロック建築世界地図」にも掲載されている。堂内には聖フランシスコ・ザビエルの右上腕骨の一部が祀られている。

地図番号:15










聖ローレンス教会  St.Lawrence's Church
16世紀中頃にイエズス会によって建てられたマカオで最も古い3つの教会の一つ。現在の外観、規模は1846年に建てられたものである。海を見渡すマカオの南湾に位置し、ポルトガル人船乗りの家族は教会の表階段に集まり、彼らの無事を祈りながら帰りを待ったといわれている。それ故「順風教会」とも呼ばれている。教会が建つ場所は、裕福な地域であったことが、建物のスケール、数回にわたる修復からうかがえる。建物は新古典様式で、わずかにバロック調の装飾も感じられる。

地図番号:16










聖アントニオ教会  St.Anthony's Church
1560年以前に竹と木で建設されたこの教会は、マカオで最も古い教会の一つであり、イエズス会が初期の本部を位置した場所でもある。建物は石造りで数回再構築されたが、現在の外観や大きさは1930年に改築されたものである。以前、ポルトガル人コミュニティーの人々が、この教会で結婚式を挙げたことから「花王道」という名前が着いた

地図番号:17



聖オーガスティン教会   St.Augustine's church
スペインの聖オーガスティン修道会によって1591年に建立された。この教会では、マカオで最も有名な伝統行事の一つ「パッソスの聖体行列」が毎年行われ、何千人もの信者が参加する。当時は、大雨になると司祭が椰子の葉で教会の屋根を補強男給していた。現在の教会は1874年の建物。

地図番号:18




プロテスタント墓地  Protestant Cemetery
この墓地から、マカオにおける初期のプロテスタント社会の様子を読み取ることができる。1821年に建てられた礼拝堂は、聖書を初めて中国語に翻訳したロバート・モリソン(1782-1834)に敬意を表し現在では「モリソン礼拝堂」と呼ばれている。また、イギリスと中国の貿易発展に貢献した画家ジョージ・チナリー(1774-1852)も、東インド会社の高官や当時の著名人たちとともに、この地に埋葬されている。

地図番号:19




ロバート・ホー・トン図書館  Sir Robert Ho Tung Library
この建物は1894年以前に建てられたもので、もとはポルトガル人ドナ・キャロリーナ・クンハの住居だった。香港のビジネスマンであったロバート・ホー・トンが1918年に購入し、別荘として使用していたが1955年の彼の死後、彼の意思により建物は公共図書館としてマカオ政府に寄贈された。

地図番号:20




写真・資料はマカオ観光局の提供によるものです